昭和10年頃の岩崎農場 |
この養豚場をモデルに吉屋信子が小説「安宅家の人々」を書いた(毎日新聞連載)のが昭和26年である。当時の鶴間駅周辺は数十軒の家が「ひとつかみぽつんと置いてある」と小説の中で表現した小さな町だったようで、その西側一帯に杉の木が立ち広がる森だった。これが、昭和29年に小田急に買収され、土地開発が進み団地が生まれた。多くの森が消失したが、今も残されているのが泉の森、ふれあいの森で、大和市が取得(地主と賃貸契約)して管理している。※昭和55年に縄文遺跡が発掘され調査後、246号線の下に埋め戻されたそうだ。
航空写真を見ると国道246号線、東名高速道路、相鉄線が横切り、南方の広大な地域が米海軍厚木基地である。その東側に沿うように南へ向かって流れているのが引地川で、泉の森の北辺が源流になっている。
横浜市営地下鉄ブルーラインの沿線に住んでいると西の終着駅が湘南台で小田急江ノ島線に乗り換えて10分で大和駅、15分ほどで鶴間駅に着く。大和で降りてふれあいの森経由泉の森に何度も歩いた。帰りは引地川の反対の岸を歩いて大和駅に戻ったり、泉の森から鶴間あるいは相鉄線の相模大塚駅に出たりした。
今回は、初めて鶴間駅~泉の森北端から南へふれあいの森~大和駅へ歩いた。午後3時頃から歩き始めたので、距離6.3km、終日の歩数16669歩に過ぎなかった。午前中から歩き始め、引地川沿いにのんびりとさらに南へ、引地台公園~大和ゆとりの森を経て湘南台駅まで歩くのもいい。
▶地図:♧http://goo.gl/zdMeG5