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5/24/2021

人が来ないと谷戸は悲しがる

北鎌倉ナショナル・トラストの機関紙「北鎌倉の風」2000年11月号 に「湧水メットワーク」が寄稿したインタビュー記事で、久保氏の自然保護に対する姿勢や考え方に納得する。リンク切れにならない前にここに転載しておく。写真は筆者が撮影した谷戸の池(2021-01-30)

4/26/2021

泉の森からふれあいの森へ

昭和10年頃の岩崎農場
戦前、岩崎輝弥(弥太郎の甥)が開いた子安農園の分園「立川養豚場」が、現在の「国営昭和記念公園」の「水鳥の池」付近にあった。 昭和16年、「立川飛行場」の拡大に伴い土地20㏊が買収され、跡地には「陸軍航空廠立川支廠」が移ってきた。養豚場は、当時の大和町鶴間(現在の小田急鶴間駅西の泉の森付近)へ移転した。

この養豚場をモデルに吉屋信子が小説「安宅家の人々」を書いた(毎日新聞連載)のが昭和26年である。当時の鶴間駅周辺は数十軒の家が「ひとつかみぽつんと置いてある」と小説の中で表現した小さな町だったようで、その西側一帯に杉の木が立ち広がる森だった。これが、昭和29年に小田急に買収され、土地開発が進み団地が生まれた。多くの森が消失したが、今も残されているのが泉の森、ふれあいの森で、大和市が取得(地主と賃貸契約)して管理している。※昭和55年に縄文遺跡が発掘され調査後、246号線の下に埋め戻されたそうだ。

航空写真を見ると国道246号線、東名高速道路、相鉄線が横切り、南方の広大な地域が米海軍厚木基地である。その東側に沿うように南へ向かって流れているのが引地川で、泉の森の北辺が源流になっている。

横浜市営地下鉄ブルーラインの沿線に住んでいると西の終着駅が湘南台で小田急江ノ島線に乗り換えて10分で大和駅、15分ほどで鶴間駅に着く。大和で降りてふれあいの森経由泉の森に何度も歩いた。帰りは引地川の反対の岸を歩いて大和駅に戻ったり、泉の森から鶴間あるいは相鉄線の相模大塚駅に出たりした。

今回は、初めて鶴間駅~泉の森北端から南へふれあいの森~大和駅へ歩いた。午後3時頃から歩き始めたので、距離6.3km、終日の歩数16669歩に過ぎなかった。午前中から歩き始め、引地川沿いにのんびりとさらに南へ、引地台公園~大和ゆとりの森を経て湘南台駅まで歩くのもいい。

▶地図:♧http://goo.gl/zdMeG5
▶写真:💐https://bit.ly/3xnsb0J



4/16/2021

写真の撮影場所の視覚化

2009年からGoogleフォト(元Picasa)にアップした、横浜近郊で撮った写真のうち、位置情報が記録された写真が11841枚あった。

撮影場所は、中央本線(東京駅と八王子駅を結ぶ線)より南、東西は東海道本線二宮駅の経度と東京湾の間に囲まれた地域である。

写真の撮影場所を示す地図を拡大すると個々の写真の位置が、約5mの誤差(Garmin GpsMap精度)の範囲内に表示される。

赤色の地域は単位面積当りの撮影枚数が多い地域である。住居地の横浜(2009-2016の半分)、北鎌倉(2017-現在)が多いのは当然として、町田市近辺と三浦半島も写真の密集地である。

約11年間に撮った写真1万2千枚のうち、ほぼ4分の1(3163枚)が、この2ヶ月間に撮った三浦半島の写真で、特異点(地域)になっている。

こうして眺めると、自分の行動地域が視覚化されて興味深い。

4/11/2021

戦国時代の東国武将(下書き中)

里見義堯
先月は三浦半島の各地を歩いた。歩いて旅することは、歴史を学ぶことである。学ぶために歩いているわけというではないが、史跡や城址城跡、神社仏閣を好んで訪ねるので、結果的にいろんな発見があって知らなかった歴史を知ることになる。

三浦半島については、戦国時代まで三浦一族が支配していた…、一族は頼朝挙兵に加わり、鎌倉幕府の有力御家人として重要な役割を果たした……ということしかいえなかった。

じゃあ、その役割は?重要人物は?どんな活躍をした?室町時代、戦国時代にはどうしていた?三浦一族以外の歴史上の人物は?……などと聞かれるとほとんど何も答えられない。

特定の人物名として知っていたのは三浦義村くらいだが、それもどこを本拠地にしてどんな活躍をしたのかさっぱり分からなかった。

衣笠城址を歩き案内板を見て、「ああ、ここが本拠地だったんだ!」と知る。そうすると好奇心に駆られてあれこれ調べたり、土地の人に聞いたりして断片的な知識が増えていく。

翌日、神金(かりがね)城址を探し求めて歩いているとき、千片神社跡という史跡を見つける。町の公民館の裏手にいくつかの断片が置いてあるだけだったが、古びた案内板に、「ここが三浦義村の邸宅跡」と記してあった。

何日か後に、三浦海岸を南へ歩いていると、交差点の一角の岩肌に「〜の墓」と書いた古びた案内を見つける。近づいて確かめると「三浦義村」と読める。階段を登った先に神社があり、鳥居の右手に墓所があった。

(続く)

3/25/2021

三浦市歩き旅(下書き中)

三月六日にJR久里浜駅から京急三浦海岸駅まで海岸沿いに歩いた後、毎日のように三浦海岸駅、そして三崎口駅へ通い、バスも利用して三浦半島南部(三浦市)を歩いた。行きたい所も少なくなってきたので、この辺で旅の記録を整理しようと思う。歩いた経路を地図上に描くと、行っていない場所も浮き上がってくる。

0306 久里浜から三浦海岸まで歩いた。若山牧水、長岡半太郎が長澤海岸地区に住んだことと、最初に黒船を発見した場所だという野比海岸、ペリーに先立つ7年前にビッドル提督が来航したことなどを知った。歩行距離 13.6km  経過時間 6h10m  歩数 28703歩

0307 三浦海岸から八王子神社まで歩き、帰りは小浜バス停で三浦海岸駅行きバスに乗った。
ViewRanger 11.0km 6h50m, 22140歩

0309 小浜バス停から剱崎〜間口漁港〜毘沙門天浜〜盗人狩〜宮川港〜宮川町まで歩いた。ViewRanger 17.4km 7h29m, 31360歩

0310 三崎口駅から黒崎の鼻〜三戸浜〜小網代の森を経て三崎口駅に帰着。12.0km 6h50m, 24771歩

0311 三崎港で昼食後、西海岸を北へ歩いた。天然記念物のスランプ構造を見学し、諸磯灯台まで歩いた。距離7.9km 3h41m 17574歩

0312 北条早雲X三浦一族の古戦場跡(引橋)からなもた坂〜隆起海岸〜三崎城址を経て城ヶ島灯台まで歩いた。歩行距離12km 6h38m 歩数計24647歩 

0316 城ヶ島ハイキング
0317 剱崎砲台跡
0318 荒崎公園(長井城址)
0319 仙元山〜二子山

0326 大蛇桜〜鎌倉文学館
0327 乳頭山〜塚山公園

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[注]黒線と紫線は及び点は候補経路・場所である。実際には歩きながらその時々の気分で行き場所を決めている。赤線とその線上の印は実際に歩いた場所で、最終的にGarmin GPSmap 62sc(2011年製) 記録データを採用している。旅の終了時点では一時的にスマホGPSを使ったアプリViewRanger(またはSUUNTO)の記録データ(青線)をGoogleマップに読み込んでいる。歩数計はシチズン peb TW310(2008年製)

GPS搭載スマホの進歩(下書き中)

昨日、十年ぶりに友人たちと山歩きをした。登山と言ってもいいかもしれない。なぜならお尻の筋肉をしっかり使ったからだ。お尻が証明してくれる(笑)二月から頻繁に出かけた歩き旅とは一味違う楽しい山歩きだった。

同行者の一人が経験豊富な山男だと知った。彼とは顔見知りではあるが、個人的なつきあいはなかった。今回の山行きが初めてだが、山男同士として関心事が似ている。私は旅の記録をメモする習性があり、歩いた軌跡(tracking data)のリアルタイムログを記録するツールとしてGarmin GpsMap62scを使っている。

GPSやトラッキングに関心がある日本の友だちは少ない。彼はヤマレコやYAMAPを知っており、「トラッキングはiPhoneで十分。みちびきがあれば精度も十分」と言っていた。商用の山地図・ルートガイドを自分で書いているのだから当然の知識だ。彼の指摘に触発されてGPS関連について再学習(iPhoneを買ったことがないのでそのGPS機能を全く知らない)を始めた。

昔Garminを買う前にアレコレ勉強し、アレコレ製品を比較検討した。この頃(2012年末)はまだ使い物になるGPS搭載スマホがほとんどなかった。みちびきも1号機が2年前に打ち上げられたばかりだった。Garmin上位機種はみちびきをサポートしようとしていた記憶があるだけで、当時はそれが必要かどうかも知らなかった。


一般にGPSという言葉は、位置情報の代名詞として使われているが、衛星測位システム(衛星からの電波によって位置情報を計算するシステム GNSS)の話の中ではアメリカの衛星測位システムのことをいう。世界には以下のシステムがある。
  • アメリカ GPS 1978年に1号機打ち上げ。2018年第三世代の打ち上げ開始。測位信号精度の誤差は5∼10m程度。
  • ロシア GLONNAS 1982年~1996年に24機打ち上げ。2007年に民間用即位信号を開放(無償提供)2020年現在31機(内24機運用)誤差10~25m
  • 欧州 Galileo EUによる全地球航法衛星システム。2005年打ち上げ、2019年5月31機打ち上げ、うち24機運用中。EU以外に8か国が参加。
  • 中国 北斗BeiDou 2020年6月55機目の打ち上げ成功、正式サービス宣言。iPhone12 北斗チップ搭載
  • 日本 みちびき(日本版GPS)  2010年1号機打ち上げ。2017年から3機追加、2018年11月4機体制で運用開始。2023年に7機体制での運用開始予定。
〔参考サイト〕

3/15/2021

三浦南部の歩き旅候補

 土日は外出せず、写真と地図の整理、次回の行き先検討などに時間を使った。三浦半島は行きたいと思ったところのほぼ7割くらいは行ったと思う。もっとも最初の頃は行きたいというより、昔行った思い出のある場所(逗子葉山の海岸線など)を歩いてみよう、鎌倉は歩き尽くしたし、人が少ない南方向の方が三密を避けられるといった気楽な気持ちからだった。それが毎日のように続くと生活習慣のようになった。逗子~葉山から横須賀市の東西海岸、そして半島南部へと足を延ばした。

歩き旅の候補地

数えてみたら、三浦海岸に初めて行った日(3/6)から今日でちょうど7日目である。三日前に最南端の城ヶ島まで行き、白秋碑や灯台を訪ね、部分的だが山道(ハイキングコース)も歩いた。この二日間、行きたいところはあるかな、どこを歩こうかな…と思いを巡らし、地図上に目印を付けた。

A-城ヶ島ハイキング
候補が4つでてきた。ひとつは歩いていない城ヶ島のハイキングコース。城ヶ島灯台近くまでバスで往き、南側を東へ向かう山道(だと期待する)を歩き、東端から北へ向かって白秋碑前バス停から三崎口へ戻るという約6kmのコースを計画した。距離は短いので半日のんびり過ごすつもりで出かけたい。

B-新井城址
二つ目は、三浦一族最後の地である油壷、新井城址を訪ねることだ。三崎口から歩く旅の初日に、あと5分、10分くらいで行ける白髭神社を前にして、小網代の森全面閉鎖の警告があり断念した小網代湾に行く。目前にして立ち入れなかった白髭神社にまず参拝し、三戸浜の南部丘陵から見下ろしたリビエラシーボニアなるものを確認する。その後尾根沿いに新井城址を目指すというコースだ。

C-劔崎砲台跡
三つめは劔崎へ海岸沿いに行くつもりだったのが、歩きだして数十メートルのところで、東部浄化センター関係者がいは立入禁止の看板に出くわして行くのを断念した、浅間神社、劔崎砲台跡、そして豆腐屋4代目が言っていた自殺の名所、遠津浜海岸から大浦海水浴場に至るコースだ。地図をよくよく見たら、小浜バス停からバス道を南へ数百メートル歩いたところから北東へ折り返し浅間神社へ至る回り道があった。

四つ目の候補ルートが、「D-大根街道縦断」と目印がある一帯を目指して西の三崎東岡バス停から東へ歩くコースだ。宮川公園、慈雲寺などを訪ねながら、東海岸近くで行けなかった福泉寺~福寿寺を訪ねるコースである。縦断ではなく三浦南部を横断するコースだが、何度も南北に迂回しないと道がなくなるような悩ましいコースでもある。しかも訪ねたい史跡、城址、神社仏閣などが少ない。ただただキャベツ畑が延々と続く丘陵地帯のようだ。道も農道だがほとんど舗装された車道である。あまり歩きたいと思わない道が続くようなので行くのを躊躇ってしまう。

今日(3/16)の予定

ここまで昨日計画し、大体のルートとウェイポイントの印をグーグルマップに記録した。今朝は6時に朝食をとり、グーグルマップを見てどこに行くか考え、いつもより早く7時半に家を出た。とりあえず三崎口まで行こう。三コースは三崎口から始まるからだ。

一つ目も二つ目も歩行距離が短く、半日コースなので欲張って二つとも歩こうかと思った。だとすれば先ずは二番目の新井城址コースを歩き、その後バスに乗って城ヶ島まで移動すればいいだろう。だが、結果的に二番目のコースだけで切り上げた。ほぼ訪ね終わって近くのバス停へ歩き始めたときはもう午後2時半になっていた。計画したときの歩行距離見込みは4キロ足らずだったが、実際に歩いてみると、2倍以上の8.2キロになっていた。

写真を撮ったり記録を付けたり、あっちを見てこっちをまた見て、山道を歩こうと入ったら行止りだったりと、実際に歩く距離は予定よりも長くなるものだが、今日は横堀海岸から磯歩きになったこともあり予想以上の距離と時間がかかった。9時半に歩き始めて、午後2時半頃に終わったから、約5時間をかけて歩き回ったということだ。予定の2倍以上を費やした。


城ヶ島へバスで移動して歩き始めるのは3時半くらいになる。日暮れまで2時間程度しかない。最低3時間は必要なので、今日は無理があると判断し止めることにした。ちょうどバス停に三崎口行きのバスがきたこともあって即断した。

新井城址地図:https://bit.ly/3s0FT6R 
歩行距離:8.2km
歩数(終日)24,161歩

3/10/2021

三崎口から城ヶ島へ

横須賀線久里浜駅から京浜急行線久里浜駅まで徒歩6分。9時7分の電車に乗る。15分で終点の三崎口に着く。今日はこの駅から歩く。スマホ地図を見ると西に三戸浜の印が目に入った。先ずはここに行ってみよう…。

…と歩きながら書き始めたのが、初めて三崎口駅に降り立った日だった。人も車も見えないキャベツ畑の中のまっすぐな道で、写真を撮ってから気がついたら一直線の道の真正面に富士山が見えた。感動を覚えて、マップやインスタのメモではなくブログに書き留めたいと久しぶりにBloggerを開いて書こうとしたが、やはり歩きながらで、しかもスマホでは無理な話である。

今日(三月十三日)は、日中は100%雨だとの予報で、朝から雨が降り続いている。撮り溜まった写真や地図の整理をしたりSNSを見たりして過ごしている。地図(グーグルマップ)を旅のメモ代わりに使う癖があり、それを見ていると最近は三浦半島南部を継続して訪れているのが分かる。

いずれ「三浦半島歩き旅」とでも題したブログにまとめようと思っているが、書くより歩くのが先でブログを書いている暇がない。とりあえずマップにメモした歩き旅の概要(どこからどこへ歩いた、距離と歩数は)をBloggerに転記しておこうと思って開いたら、この「三崎口から城ヶ島へ」と題した書きかけの記事があったので、その続きのつもりで書き始めた。

いつもの癖ながら前置きが長くなった。下記にマップに書き留めたメモを転記する。



0312 北条早雲X三浦一族の古戦場跡(引橋)からなもた坂〜隆起海岸〜三崎城址を経て城ヶ島灯台まで歩いた。歩行距離12km 6h38m 歩数計24647歩 

0311 三崎港で昼食後、西海岸を北へ歩いた。天然記念物のスランプ構造を見学し、諸磯灯台まで歩いた。距離7.9km 3h41m 17574歩

0310 三崎口駅から黒崎の鼻〜三戸浜〜小網代の森を経て三崎口駅に帰着。12.0km 6h50m, 24771歩

0309 小浜バス停から剱崎〜間口漁港〜毘沙門天浜〜盗人狩〜宮川港〜宮川町まで歩いた。ViewRanger 17.4km 7h29m, 31360歩

0307 三浦海岸から八王子神社まで歩き、帰りは小浜バス停で三浦海岸駅行きバスに乗った。
ViewRanger 11.0km 6h50m, 22140歩

0306 久里浜から三浦海岸まで歩いた。Garmin 13.6km 6h10m 28703歩。若山牧水、長岡半太郎が長澤海岸地区に住んだことと、最初に黒船を発見したとするいう野比海岸、ペリーに先立つ7年前にビッドル提督が来航したことなどを知った。


[注]黒線と紫線は及び点は候補経路・場所である。実際には歩きながらその時々の気分で行き場所を決めている。赤線とその線上の印は実際に歩いた場所で、最終的にGarmin GPSmap 62sc(2011年製) 記録データを採用している。旅の終了時点では一時的にスマホGPSを使ったアプリViewRanger(またはSUUNTO)の記録データ(青線)をGoogleマップに読み込んでいる。歩数計はシチズン peb TW310(2008年製)

〔Source MyMaps〕

3/09/2021

鎌倉歩き旅

「鎌倉歩き旅」と題したGoogleフォトに書いたメモを転記し、ブログとして編集した。 北鎌倉に暮らして二年になろうとしている。生まれて初めて入院し、退院後リハビリ生活を送るようになった。禁酒・禁煙・減塩・野菜生活、節度ある食生活が基本で、加えて適度な運動すなわち歩くことである。好きな山歩きさえできれば幸せである。山といっても20代の頃のような3000m級の山々の登山ではなく、せいぜい数百mの郊外の山々や丘陵地帯の尾根筋、谷筋を歩く。土と岩と根っ子と草や落ち葉の道、これが私の好きな山道である。幸い鎌倉には、そんな山道があちらこちらに残っている。

三年前まで、鎌倉といえば鶴岡八幡宮と小町通、瀟洒な(日本ではない)レストランやバーがひしめく、ちょっと気障な街(欧米風カタカナアルファベットが溢れる)、「古都」を感じさせる風情はほとんどない、鎌倉駅から由比ガ浜まで車道を避けて歩く道はない・・・そんなイメージがあった。

その一方で、源氏山・大仏ハイキングコースや天園ハイキングコースといった自然に触れられる道筋があることも知っていた。知らなかった鎌倉を歩き始めて私がうれしく思ったのは、山道が続き、谷(やつ)が入り組んだ緑地がたくさん残っていることだった。

鎌倉の大きな緑地は三つある。北鎌倉駅から南西へ、台峰緑地(〜鎌倉中央公園)、常磐山緑地(桔梗山〜峯山)、そして広町緑地である。いずれの地域にも何回も足を運び、歩き回った。撮った写真は5000枚をくだらない。整理が追いつかないが、いいと思う写真はこのアルバム「鎌倉歩き旅」に追加する。


過去3年間に歩いた鎌倉地域のマップを以下に列記(これもマップ內の説明から転記)する。

▷鎌倉路(索引) https://goo.gl/J4Pcuz
スマホでは地図データ量が多いと表示されないことがあるので、マップを分割して「鎌倉路(索引)」から参照できるようにしようと試みている。

▶︎旧鎌倉街道 http://goo.gl/edH8Jm

▶2017鎌倉市域の歩き旅
アド街ック鎌倉 https://goo.gl/96XQ9P
湘南モノレールhttps://goo.gl/YpOydi

小野路 https://goo.gl/qz64xS
▶あじさい名所 bit.ly/2ZOs39z


3/08/2021

三浦半島歩き旅

北鎌倉に住み始めた2017年から市域のほとんどの地域を歩いた。特に三大緑地は何回となく歩いた。今も散歩で同じところを歩くが、習性として知らないところを歩きたくなる。コロナ禍でぶらり旅に出られないので、近隣地域に出かけるようになった。通勤時間帯を避ける、通勤とは逆方向、人口が少なく自然が豊か、電車で1時間以内といった条件を考えると逗子以南の三浦半島ということになる。

歩くのが目的ではない。歩くことで予期しない発見と感動に出会えるのが楽しいからである。自然と人と事件(出来事)との出会いは、前触れもなく突然訪れるものである。ほとんど偶然の賜である。「ほとんど」というのは、その地域・場所に行ってみよう、この城跡や神社辺りを歩いてみよう、あの山や宿場が面白そうだ……といった意図や計画性があるため、全くの偶然とはいえないからである。話が逸れた。
 
自宅周辺は歩き尽くした気がして歩きたい所がなくなってきた。歩いた所が増え、記録した地図も北鎌倉、西鎌倉、東鎌倉、鎌倉古道、湘南モノレール沿線などに分割してきた。
※無料のGoogle MyMapsを使っているが、データ量に制限があるため分割せざるを得ない。

1ヶ月ほど前から、逗子駅、衣笠駅、久里浜駅などを起点に歩いている。「昨日は衣笠駅の西南へ歩いたから今日は東へ歩いてみよう」といった具合で、計画性はほとんどない。私の「ぶらり旅」の特性であるが、ローカル線に乗り窓外を眺めて、田舎の風景や小高い山が見えると「ここで降りよう」と決めて途中下車して気の向くままに歩く旅に比べれば、日帰りの旅は計画性があるといえる。

そんな歩き旅を重ねると、歩く途中で撮った写真や動画、記録した歩行経路などが増える一方で整理が追いつかない。写真は日毎の歩き旅単位でGoogleフォト(Picasa3)のアルバムにしているが、玉石混淆で玉は少ない。もっとも何が宝石で何が石ころかは主観的なものである。写真として美的に素晴らしいと思うものがあれば、一方で写っている対象物に関心があり価値を見出す写真もある。

ともあれ、写真と地図と動画を含めたぶらり旅日記を書くのが、歩くことに加えた暇つぶしの趣味になっている。この一ヶ月で三浦半島各地へでかけたので、その地図や写真、動画を整理していこうと思う。私の辞書に退屈という言葉はない。

[歩く地図]※複数日を含む地図は、分割整理予定。
  • 三浦半島地図:http://bit.ly/3bkBu8U
    (経路簡略化予定)
  • 逗子葉山横須賀:https://bit.ly/39Y03aj
    0218 逗子~小磯の鼻 10.4km 21183歩
    0220 葉山~立石海岸 9.4km 20730歩
    0221 秋谷~芦名~佐島 8.2km 18516歩
    0222 長柄桜山〜阿部倉山 9.8㎞ 25031歩
    0223 鎌倉~披露山~逗子 10.0km 25320歩
  • 衣笠駅から歩き旅:http://bit.ly/3pMw8qD
    0224 衣笠~市民病院 10.2km 22117歩
    0225 衣笠~大楠山 11.2km 24420歩
    0226 逗子~馬堀海岸 10.3km 20954歩
  • 浦賀久里浜:http://bit.ly/2ZZgFJC
    0227 馬堀海岸~浦賀 14.6km 27221歩 http://bit.ly/3rOSLN5
    0228 久里浜駅~浦賀駅 13.5km 25952歩 http://bit.ly/2ZZgFJC
    0301 北久里浜~浦賀城址 12.8km 25998歩 http://bit.ly/3r6a3oH
  • 三浦市:http://bit.ly/30egWIL
    0306 久里浜~三浦海岸 13.6km 28703歩
    0307 三浦海岸~八王子神社 11.0km 22140歩
    0309 剱崎〜宮川町 17.4km 31360歩
    0310 黒崎の鼻〜三崎口 12.0km 24771歩
    0311 三崎港~諸磯灯台 7.9km 17574歩
    0312 引橋~城ヶ島灯台 12km 24647歩
    0315 新井城址~油壷 km 歩 横須賀
    0316 城ヶ島ハイキング km 歩
    0317 剱崎砲台跡 km 歩
    0318 荒磯公園(長井城址) km 歩
  • 三浦アルプス: ♧https://bit.ly/323LcH2
    ※2014の田浦梅の里~馬頭観音~東逗子を改題し2021分を追加した。
    2014 田浦梅の里 6.73km 17351歩 ♧https://bit.ly/3a1IG8D
    0222 古墳群~阿部倉山 9.8㎞ 25031歩 https://bit.ly/3g1QY48
    0303 真名瀬~観音塚 7.5km 20852歩 http://bit.ly/3qaG79D
    0319 森戸川源流 11.1km 24527歩  https://bit.ly/3239W2g
    0327 乳頭山~塚山公園 km 歩
  • 番外編
    0323 沼津アルプス km 歩
    0326 大蛇桜~鎌倉文学館 km 歩

三浦半島とは

横浜に住んで40年になるが、近隣地域である三浦半島の土地勘はない。妻の両親が鎌倉に住んでいたので子供が生まれた日本在住の頃は毎週末のように鎌倉に行ったが、そこが三浦半島という認識はない。横須賀も逗子も葉山も三浦半島ではなく、各地名の通りの認識であり、一度や二度は行っても車での移動なので、地名の境界の認識は希薄である。

三浦半島として認知するのは、三浦海岸とか城ヶ島である。それぞれ1~2回しか行ったことがない。逗子も葉山も、逗子海岸以外は数回行っただけである。横須賀は行った記憶がないが、実際には車で走ったことがあることに気がついた。先月までは葉山だと思っていた長者ヶ崎の南側の秋谷とか芦名、佐島辺りがすべて横須賀市だと知って驚いたくらい無知だった。逗子から葉山方面(西海岸を南へ)へ行くのに「横須賀市民病院」行きバスに乗る。どうして南ではなく東へ行くのか不安になったものだ。横須賀といえば東京湾に面した横浜の南の都市という認識で、まさか三浦半島の西海岸まで横須賀市だとは思わなかった。

くどくどと書いているのは、それほど葉山と横須賀の区別がつかず土地鑑、方向感覚を是正するのに時間がかかったからである。長者ヶ崎交差点から100メートルほど先の「葉山ホテル音羽の森」が横須賀市だとはふつうは思わないだろう。

「三浦半島」の主観的認識は別にして、ウィキペディアなどで見ると、付け根に位置する鎌倉と横浜市南東部(金沢区朝比奈、金沢八景)を結ぶ線(昔の金沢街道、現在の神奈川県道204号)より南側の地域である。

余談だが、南へ向かうのになぜ東の横須賀なのか?という誤解と同じことがある。横須賀線の大船=鎌倉から、浦賀や北久里浜、三浦海岸へ行こうとYAHOO!路線情報で検索すると、逗子・葉山~金沢八景経由の乗り換えが表示される。なぜ南でなく北東に向かうんだ!えらい遠回りじゃないか!と憤慨することになる。これも土地鑑(交通路線の知識)がないからである。帰りの電車を調べて、上大岡~戸塚経由の乗換電車が表示されるのも驚きであった。

「逗子・葉山」という駅名にも驚いた。最初意味不明だったが、地図を見て分かった。とにかく逗子駅から「逗子・葉山」へ徒歩5分ほどで乗ろうとしてホームへ急いだら、先発次発次々発の表示がいずれも「羽田空港」なので、ホームを間違えたと思い「反対方向のホームはどこですか?」と聞いたら「ありません」という。「ここが始発でホームは一つです」???意味不明だったが、つまり始発駅で折り返し運転しかないということだった。京急逗子線の終点が「逗子・葉山駅」なのである。

ログイン時の表示
※三種類のGoogleマップ(ログアウト状態では➊と➋は同じ表示)
➊Edit 共有 bit.ly/3uF83Vw
➋Viewer 表示 bit.ly/3s8UyfG
➌Embed 埋込 bit.ly/3bkBu8U

[参考資料]