🎦Sarah Brightman Time to Say Goodbye 「旅立ちの時 見たことも行ったこともない場所で あなたと生きていこう」
7/21/2022
2/24/2022
Nataliya Gudziy
在日ウクライナ人のバンドゥーラ演奏家 ナターシャ・グジーがウクライナ独立30周年記念日(昨年8月24日)に寄せて歌った。祖国を想う魂がせつなく震える。
▶全国の拘留:2月24〜27日のウクライナ戦争に対する抗議の結果
6/29/2021
Anna Dmitrievna Bubnova
小野 アンナ(おの あんな)
旧姓 Anna Dmitrievna Bubnova(アンナ・ディミトリエヴナ・ブブノワ)1890-1979
父親はロシア帝国官僚、母親は貴族出身。語学と音楽に秀でた母親の影響のもとで、ブブノワ3人姉妹はみな芸術家となり、長姉マリヤはピアニストに、次姉ワルワーラは美術家に成長する。
アンナははじめ5歳より母親の手ほどきでピアノを学ぶが、10歳よりヴァイオリンに転じ、最初ザイツに、次にヴァンツェコワに師事。さらに1904年にペテルブルク音楽院に入学し、ホヴハンネス・ナルバンジャンに師事した。1908年から1913年まで、レオポルト・アウアーに師事。この間1911年音楽院を卒業した[2]。1913年にはフリーアーチストの称号を受けた。ペトログラードで同地の日本人留学生・小野俊一(ロシア文学者・生物学者・昆虫学者・社会運動家)と出逢い、1917年5月に結婚。翌1918年革命下のロシアを離れ、東京に赴く。正教徒であったため、東京ではニコライ堂に通った。1919年長男の俊太郎を出産後、音楽の早期教育をほどこすが、1933年俊太郎が虫垂炎で少年期に夭折したため、俊一との関係もうまくいかなくなり1935年協議離婚した。その後も長らく「小野アンナ」名義で日本でヴァイオリン教師として教鞭を執り、1943年毎日音楽コンクール審査員となる。戦後は1946年武蔵野音楽大学教授に就任。後進を指導するかたわら、請われて桐朋学園子どものための音楽教室、同学園高等学校音楽科、同学園短期大学にも務めた。1959年音楽教育貢献により勲四等瑞宝章受章。1960年に、1958年に帰国した姉ワルワーラの後を追いソ連に渡り、アブハジアのスフミ音楽院にてヴァイオリン科教授に就任した。
略歴
5歳より母にピアノの手ほどきを受ける。
1900 ヴァイオリンを学びはじめる。
最初ザイツに、のちヴァンツェコワに師事。
1904 ペトログラード音楽院入学
ナルヴァルジャンに師事
1911 同音楽院卒業。レオポルド・アウアーのもとで研修。
1913 フリーアーチストの称号を受ける。
1918(大正7) ペトログラード大学に留学中の小野俊一と結婚
教職を辞め夫と来日。
1919 長男俊太郎誕生。
1933 俊太郎死亡。
1935 小野俊一と協議離婚。
1943 毎日音楽コンクール審査員となる。
1946 武蔵野音楽大学教授に就任。
その後、子供のための音楽教室、桐朋学園高校音楽科・同短期大でも教える。
1959 音楽教育に貢献した功績により勳四等瑞宝賞受賞。
1960 ソ連アブハジア民族自治共和国スフミ市に帰国。
スフミ音楽院教授に就任。姉のワルワラ・ブブノワと共に暮らす。
1979(昭和54) 5月8日 逝去。
- 小野アンナ - Google https://g.co/kgs/TA6gf2
- 小野アンナ - Wikipedia https://bit.ly/3A8HI5Q
- 小野アンナ記念会
- 小野アンナ先生 2011年7月23日土曜日 DOGLOVER AKIKO シドニーで 観たり聴いたり
6/28/2021
freeBGM
- あの道
- フリーBGM DOVA-SYNDROME 再生時間:3:18 6.34MB
- 雰囲気:温かい , 穏やか , 優しい , 懐かしい , 希望
- 曲調/使用楽器:四拍子 , 遅い , アコースティック , ピアノ , 弦楽器
[楽曲詳細情報] https://dova-s.jp/bgm/play11580.html
[作曲者情報] https://dova-s.jp/_contents/author/profile374.html
[音源利用ライセンス] https://dova-s.jp/_contents/license/
Light on the road written by MATSU 再生時間 3:35 8.63MB ~長い道のりをひたすら歩いていくイメージで制作した、物語性のあるヒーリングミュージック。
雰囲気:穏やか , 優しい , 爽やか , 懐かしい , 不思議 , 慎ましい , 切ない , 希望
曲調:三拍子 , 遅い , 壮大 , クラシック , ヒーリング , 弦楽器 , 木管楽器
長い道 【作詞】コンスタンチン・ポドレフスキイ 【作曲】ボリス・フォーミン 【訳詞】兵頭ニーナ 【MIDIデータ作成協力】Iwakichsky 1.青い月影の道 あなたを追いかけて 鈴ならすトロイカを ひたすら走らせた ※夜ごと歌うギターの調べ あなたへの愛の歌 長い道のかなたまでも 届けてこの想いを ライライライ… 2.別れの夜を思い 酒におぼれたとて 過ぎ去りしあの頃は もう帰ってはこない ※(くりかえし) 1917年頃の作品です。1968年にメリー・ホプキンが『Those were the days』として歌い、日本でも『悲しき天使』として知られています。作曲が革命の最中であったため、発表会で革命政府により別の歌に差し替えられてしまったそうです。フォーミンは一時、人気作曲家になったそうですが、スターリンから気に入られず、1940年代に演奏活動を禁じられ、1948年に不遇のうちに亡くなっそうです。この曲は私もメロディア製のCDを持っているんですが、なんか聞いたことがあると思っていました。どうも解説によると、亡命ロシア人が外国で歌って知られるようになり、それが訳されて海外で再び歌われるようになり、ソ連でも歌われ、実は自分のところの歌だったということだそうです。またこの歌は『花の季節』として日本の音楽の教科書に載っているらしいです。ジプシー民謡になっているようですが…。(Iwakichsky)
6/10/2021
The Washington Post 行進曲
『ワシントン・ポスト』は、1889年にジョン・フィリップ・スーザによって作曲されたアメリカ合衆国の愛国的な行進曲。アメリカをはじめ多くの国で、スーザの最も有名な行進曲の1つとして親しまれている。

