12/24/2025
3/09/2024
5/14/2023
4/26/2023
弥生時代
弥生時代の代表的な遺跡といえば吉野ヶ里遺跡なのか?旅と歴史の話題としてよく取り上げられるが、昭和人にとってはそれほど馴染みがない。義務教育で習った有名な遺跡は登呂遺跡である。ただ、それが縄文遺跡なのか弥生遺跡なのかをよく覚えていなかった。うろ覚えの知識しかないほど日本の歴史に疎かった。
退職後、ふるさと再発見の旅をして初めて日本の古代史に触れるようになった。登呂遺跡や唐古・鍵遺跡の現場に立ち古代の人々の暮らしに思いを馳せることもした。先週は初めて縄文遺跡だと知った岩宿遺跡を訪ね、こういう遺跡が残っている日本を誇りに思う気持ちを深めた。
そんな中、今日偶然目にしたのは「吉野ヶ里遺跡」の紹介動画だった。日本の古代史に並々ならぬ関心をだくYouTuber(ウクライナ女性)が作成した動画である。九州に旅する時は是非とも訪ねたい。
明治時代の海軍中将、有坂 鉊蔵(1868-1941)が向ヶ丘弥生町で発見した土器を弥生式土器と呼び、この土器が発見される時代を弥生時代と呼ぶようになった。因みに彼は縄文土器を発見したモース博士に師事したという。
古代史の時代区分は新たな発見、研究結果により変わってきた。現在の学説では、弥生時代はやく3000年前(縄文晩期)に始まったと考えられている。終わりは古墳時代が始まった三世紀半ばである。
弥生文化は稲作文化とも呼ばれるが、稲作の起源は7000年前の長江下流域だと考えられ(最近では1万年前だとも推定)、ここから陸続きだった日本列島に伝わったといわれる。縄文時代の約6000年前に稲作が行われていた痕跡が岡山県で発見されている。
3/11/2023
岩宿遺跡
⭕芹沢長介(相沢忠洋を杉原に紹介)❌杉原荘介(相沢忠洋を無視し自分が最古の黒曜石を発見したと発表したトンデモナイ男)
2/22/2023
2/07/2023
日本建国の真実
間違った歴史、自虐史観に溺れた学者
❌山本博文〜元東大情報学環教授
❌直木孝次郎 〜元大阪市大名誉教授
❌江上波夫 〜東洋史学者「❌騎馬民族征服王朝説」トンデモない学説!
❌井沢元彦 ❌卑弥呼=天照大神
1/23/2023
World History
▶︎プレートテクトニクスの理論がない時代に制作されたことに留意。マグマ活動により日本列島が1000万年前に誕生した。この頃は大陸と陸続きだった。
Wikibooks World History
Big Geography- Peopling of the Earth
Australopithecus afarensis
400万年前に誕生し、200万年前に絶滅した。Lucyと命名された人骨が1971年に発見された。wiki: 390-290万年前Homo Habilis
200万年前から150万年前 (wiki 240-140万年前) ラテン語「器用な人」Homo Erectus
190万年前〜7万年前 ジャワ原人(ピテカントロプス 1891年に発見された130年前の人骨)Homo Neanderthalensis
20万年前〜3万年前 (wiki: 24万年前〜2.8万年前) ネアンデルタール人。1856年に発見された旧人。Homo Sapien
15万年前〜4万年前 ホモ・サピエンス 。最古の化石は16万年前→エチオピア20万年前→2004年モロッコで発見された化石が30万年前→現生人類の祖先が20万年前のアフリカ祖先集団に由来すると結論づけた分子生物学の研究結果(2017年)が再検討されている。Spread
7-5万年前、アフリカから世界各地へ移住。6万5千年前にはオーストラリアに移住。3万年前にはヨーロッパ及びアジアの寒冷地を除く全世界に移住。14000年前までに極東アジアからベーリング海を越えてアメリカ大陸に移住。氷河期は11700万年前に終わった。
※縄文時代の最古の人骨が16500年前だと分かっている。氷河期が終わる5000年前には大陸と陸続きだった日本列島に縄文人が住み着いていた。当時の海面は現在より140m低かったこと、氷河期に絶滅したマンモスの化石が北海道で発見されていることからも裏付けられる。
Ancient Civilizations
- Agriculture and Ancient Cultures -
Neolithic Revolution 新石器革命
12/16/2022
China シナ大陸の真相

Amazonレビュー抜粋
2013年2月17日に日本でレビュー済み
この本は、1931年(満洲事変)から1937年(支那事変)に至るまでの満洲、中国における事実関係を記載した、1938年2月にロンドンで出版されたジャーナリストによる英語本の翻訳である。
1904年、日本は、日露戦争により満洲からロシア軍を排斥した。日本人の犠牲の下に中華帝国のぐらついた土台を支え、中国を目覚めさせ、中国を安定させるのに中国が協力するとの希望を、日本は抱いていた。1905年、日本が、ポーツマス条約により南満洲鉄道の経営権と沿線付属地の活用権(特殊権益)を得て、満洲を開発した後、満洲は発展し、漢民族の満洲への移民が増加し、漢民族による満洲人の民族同化が進行した。米国は、日本による満洲の発展を門戸閉鎖というが、実際は、米国から満洲への輸出は、年々、増大していた。
1915年、中国に侵害されている満洲において、日本に対する妨害政策を排除し、日本の権益の保護のために21ケ条の要求をしたが、中国が日本に協力していれば、そのような要求はなかったであろうという。うち16ケ条については、現状確認であり、アメリカは異議がないことを日本に通告した。残り5ケ条は、要望として提案されたが、日本は、これを取り下げた。
また、最後通告の85日前に、中国は大部分を受け入れ、30日前に、合意に至った。最後通告は、袁世凱が、政敵に対する言訳のために、日本に要求したものであった。世界は、日本が最後通告により受諾を強制させたと誤解しているとある。
1924〜1927年に掛けて、ソ連から蒋介石や中国共産党に対して、張作霖の没落、武器、資金の援助、西洋列強との敵対関係を維持して日本を孤立化させることが指令されていた(1926年2月ソ連政府からの駐在陸軍武官への指令文書) 。
中国人に寛大な態度で接すると、中国人は、それは弱さの証か収賄の要求とみて、約束は守らないし、国としては多数の条約侵犯があった。条約侵犯の例として、土地の賃借権の拒否、輸出税の4倍の上昇、満鉄平行線の建設、鉄道延長の拒否、中国鉄道による日本商品の輸送料の差別的高料金、大連港の返還、満鉄沿線の警備兵の撤兵、満鉄沿線の日中共同鉱山事業の交渉拒否、大連港におけるタバコ重課税、満鉄建設のための土地売買の禁止、鉄道区域外への日本人の居住及び旅行の禁止、朝鮮人迫害、沿線区域内での不法な税の徴収、日本が資金を提供した中国鉄道に対する日本人の任命の拒否及び監督権行使の拒否、日系資本鉄道の売上金の着服、借款返済の停止などが挙げられている。
これらが、1931年に起こった満洲事変の原因の一つである。
トーマス・エジソンは、この辺の事情について、「日本の事業能力が驚くべき速度で上昇している。日本は進歩的で進取の気性に富んだエネルギッシュな国である。日本がごく自然な流れで拡張して行ける国々にその活動範囲を広げて行くことを、国際社会が一致団結して妨げるならば、日本を静止した平和な満足した状態のままにとどめておく方法を見いだすのは難しいだろう。西洋列強諸国が日本の政策に援助することは、むしろ、列強の利益になる。そうしなけば、いずれ爆発し、武力抗争に発展し、計り知れない犠牲を日本に反対する列強の側に生じさせるであろう。」と述べている。
1927年、国民党の権力を奪う共産党の目論見が明らかになると、蒋介石は共産党員を排斥した。共産党の紅軍は各地で殺人(60万人)、放火(32万戸)、略奪などの破壊活動を展開し、外モンゴルのソ連軍との合流を目指した。この事実の他、暴動、ストライキ、宣伝工作、排日運動と日貨ボイコットが、日本に共産主義の脅威を与えた。
1936年12月、共産党に協力した張学良が蒋介石を投獄し、釈放の代償として、ソ連の指令により国民党と共産党が共に日本と戦うように蒋介石に誓約させた西安事件が起こった。これが契機となり、中国共産党により仕掛けられた支那事変、蒋介石により拡大された上海事変を経て、日本は中国での争いに巻き込まれて行くことになる。
この本には、ソ連、コミンテルン、中国共産党による日本排斥活動、虐殺行為の偽装写真による宣伝工作、上海の外国租界への空爆を日本軍が行ったとする宣伝工作、南京空爆の宣伝工作、支那人気質など、1931〜1938年における中国の実状が記載されている。
満洲事変、支那事変以後を日本軍による一方的な侵略と思っている日本人は、是非とも、この本を読むべきである。現在の毒ギョーザ事件、尖閣問題、反日暴動、歴史認識の強要に関する中国の態度を見ると、当時は、現在の程度を遥かに超える契約違反、反日排斥暴動が起こっていたことが容易に想像できる。政治家、批評家、マスコミ人は、読むべきである。現在の中国に対する対処法が見える。
12/08/2022
Biden Secret
Twitter新CEOのイーロン・マスク氏が内部告発(社内文書Twitter filesを分析して公開)する形で、これまでのTwitterの隠蔽工作を暴露した。同氏が具体的調査を依頼したMatt Taibiが、その第一弾を12/3に公開した。
※その後、Bari Weiss、Lee Fang、 Michael Shellenbergerも分析に参加。内部文書から明らかになった事のひとつは、Twitter社がほぼ完全に左翼(民主党)に牛耳られていたことである。その証拠として政党からの献金の99%が民主党からだというデータが開示された。左翼にとって不都合な事実を示すツイートがスタッフにより削除されるという検閲と言論封殺が日常的に行われていたことも暴露された。
ハンター・バイデンの不祥事の隠蔽工作もされていた。一昨年の大統領選挙のときに Biden Secret E-Mail が報じられたが、その信憑性が疑われ大手メディアでは報道されなくなった。しかし、今回の暴露でそれが事実であることだけでなく、バイデンがウクライナのエネルギー企業から多額の献金を受け取っていたことも明らかになった。
これほどの世界史に残るような大事件が、日本の左傾化した大手メディアでは報道されない。NHKや報道特集で特番が組まれてもおかしくない大ニュースである。左翼にとって不都合だから隠蔽されているということだ。
▶︎What’s missing from the Twitter files: The truth about the FBI By Miranda Devine December 3, 2022
🎦FBIが民主党バイデンを有利にする工作を主導していた!
▶︎Latest Twitter Files shows CIA, FBI have spent years meddling in content moderation By Mary Kay Linge and Jon Levine, December 24, 2022
▶︎ツイッターファイル第9弾!ツイッターと「他の政府機関」/政府はツイッターだけでなく、事実上すべての主要なハイテク企業と常に連絡を取り合っていた。
▶︎Matt Taibbi - 1.THREAD: The Twitter Files TWITTER AND "OTHER GOVERNMENT AGENCIES"
11/13/2022
GHQ検閲官
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| 検閲官~発見されたGHQ名簿 |
『検閲官 発見された GHQ 名簿』を読む 2021 年 5 月 5 日 虎長〔原文pdfをHTMLに転写〕
2021 年 2 月に新潮社新書として刊行された山本武利一橋大・早稲田大名誉教授による 80歳の労作を読んだ。同著者による『GHQ の検閲・諜報・宣伝工作』(岩波現代選書―以下
前著と略称する)が刊行された年と同じ 2013 年に、著者は国会図書館の CCD 資料から CCD第一区(東京)の検閲官名簿を発見した。CCD とは GHQ の民間検閲局 Civil Censorship Detachment のことで 、 通信部門 (Communications) と PPB (Press, Pictorial & Broadcasting)に分かれていた。前著では、PPB が豊富な検閲事例と共に解明されたが、通信部門については組織への言及にとどまった。本書では、通信部門(郵便・電信・電話) の中、特に郵便部門の検閲官経験者の回想録と筆者による聞き取り記録という第一級史料をもとに彼らの待遇・葛藤を描いている。後者には、20 世紀メディア研究所刊 Intelligence 誌 第 20 号掲載の『CCD で郵便検閲者だった青春』という 座談会( 2018 年 5 月)も含まれている。座談会での証言者 3 名は座談会当時、92~90 歳。貴重なオラル・ヒストリーを引き出している。
アメリカ人監督者(日系二世が多い)のもとで働く日本人検閲者は高度の英語力を必要とするため、学生から 60 歳代の老人の他、後に社会で重要な地位についたような人も含め、知的エリートが破格の高給で採用された。但し、給与は賠償の一部として日本側の負担であった。
CCD 検閲は日本人の世論を知るための手段のようなものと見て、進駐軍による悪辣なマインドコントロールという江藤淳の見方には違和感を示している。著者は江藤淳による『閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』(文藝春秋 1989)を先行研究として本書でも評価しているが、前著では、江藤は検閲主務の CCD と宣伝工作主務の CIE(民間情報教育局)の違いを理解していないと指摘している。
工藤幸雄(ポーランド文学者)も「闇取引の打ち合わせ。進駐軍施政への批判の訳出だった」と言って江藤の見方を批判している。このような「感じない」派の他、経験者には「うしろめたい」派もいる。「実に不快な仕事である」と著書『GHQ 検閲官』(1995)で述べている甲斐弦(英文学者)、「ここまでやったという痛みが消えない」と告白した渡辺槇夫(朝日新聞記者)、「他人の封書を開けては読むといううしろめたい仕事」と回想している鮎川哲也(推理小説家)などである。 著者は、名簿のキノシタジュンジを木下順二(劇作家)であると確信をもって推定し、「緘黙」派と分類している。ただ、筆者も視聴した第 34 回諜報研究会(2021 年 2 月 27 日)での著者による本書関連の報告に対して、「裕福な木下順二が生活苦で検閲に加わるはずがない」との井上理恵さん(演劇研究家)の声もあった。
「検閲者の恥ずべき点としては、新憲法の禁じる通信の秘密侵害、言論弾圧への協力にあった」との著者の指摘には同感である。著者は、しかし、彼らを断罪してはいない。著者の最も糾弾しているのは、有末精三、服部卓四郎といった元軍人で、専門知識を旧敵国に最高値で売り込んだ「売国奴」である。「彼らに比べれば、検閲官の無条件肯定派も、緘黙派も罪は軽かった。ましてや罪や恥を自覚する人々は良心派であった」との著者の見方に、筆者は賛成する。なお西ドイツ、韓国では通信部門の検閲はあったが、PPB に相当する検閲はごく限られてとのこと、なぜかそうだったか知りたくなった。
筆者はインターネットで本書の読後感を検索したが、「日本国憲法は最初から 権力を縛ることも制限することもできなかった….そんな立憲主義、守る価値はない」と書いている人がいた。改憲論者らしいが、本書がこんな読み方をされることに驚いた。江藤淳の War Guilt Information Program の日本人洗脳効果に関する過大評価は、「アメリカに押し付けられた憲法」論者、「戦後民主主義により植え付けられた自虐史観」を非難する人々に材料を与えた。本書をそれに似たような読み方をする読者が少数でもいるとしたら、それは著者の意図に沿うものではないだろう。
原爆投下の謝罪もしないで 100 年前のアルメニア人虐殺でトルコを非難する現在のアメリカにも筆者は違和感を覚える。しかし、アメリカの占領政策はマイナス面とプラス面があったことも忘れてはならない。著者が本書で述べているように占領者アメリカの工作の基軸が民主主義の向上にあったため、究極的には日本人多数の共感を得たのは事実だと思う。一方、メリーランド大学に戦利品として所蔵されている検閲当時の膨大な史料が、著者が嘆くように日本に返されないでいるのも、今に続く日本の対米従属体制の一つの現れではないかと筆者は思うのである。 以上
11/01/2022
日本国史
大衆明治史
なぜ明治日本は、たった数十年で近代化を成し遂げられたのか。 なぜ一度も植民地化されず、欧米列強に肩を並べる唯一のアジア国になれたのか。
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各地の大名がすぐ城を手放せたワケ
大名たちがたった4年で城を手放しマゲを切れた理由 - なぜ西郷隆盛は韓国征伐を叫んだのか?
維新の英雄は当時の朝鮮をどう見ていたのか - 大久保利通がここまで嫌われる訳
なぜ大久保利通は親友の西郷を?明治の基盤を作った男の本音とは - 教科書に載らないマリア・ルーズ号事件
西洋諸国が知られたくなかった奴隷解放ドラマの顛末 - なぜ伊藤博文が初代首相になったか
36歳にして覚悟を決めた、驚きの歴史秘話とは - 岩倉具視が必死に残した遺言
伊藤博文へのメッセージ...その後の政治を変えた“ある一言”
目次
- 第1章 廃藩置県
- 第2章 征韓論決裂
- 第3章 マリア・ルーズ号事件
- 第4章 西南戦争
- 第5章 十四年の政変
- 第6章 自由党と改進党
- 第7章 国軍の建設
- 第8章 憲法発布
- 第9章 大隈と条約改正
- 第10章 日清戦争前記
- 第11章 陸奥外交の功罪
- 第12章 三国干渉
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10/16/2022
スペイン古文書
スペイン古文書から見た日本とフィリピンについて書いた本が戦前に出版されたが、戦後GHQが焚書に指定し、その内容は戦後教育から抹消された。復刻された本を読めば、秀吉がなぜバテレン追放令を出したか、その歴史的背景がわかる。そして、その後500年、なぜ日本は欧米列強の植民地にならなかったのかが分かる。
以下に本書の広告内容を転記しておく。
16世紀、フィリピンの利権を巡ってと当時世界最強のスペイン王国と対等に渡り合った豊臣秀吉の恐るべき外交力……
今から約500年前…日本ではちょんまげ頭に刀を携えた強者たちが群雄割拠し、各地で武力によるのし上がり合戦が繰り広げられていた。
そんな戦国時代では、桶狭間の戦い、本能寺の変、関ヶ原の戦い…など、これまで日本国内の出来事ばかりが注目されてきた。
しかし、その裏で現代ではほとんど語られていない真実がある。それは、戦国日本と世界との戦いである。
実は、戦国時代は日本が初めて海の向こうの側と結びつき、世界の歴史を180°変えてしまった時代でもあった。
その一幕を明かしたのが、1942年に出版された『西班牙古文書を通じて見たる日本と比律賓』である。この本も、戦後GHQが焚書にし日本の歴史を歪めた。
十六世紀、アジアに訪れた最大の危機感
一五七一年、レガスピはルソン島を平定し、同年その本拠をマニラに移して、比島植民の準備を整えた。彼は比島平定の余勢をかって日本及び琉球をも征服しようとした。当時のフィリピンを征服したように容易に日本をも征服できるものと考えていたらしい。(中略)
当時スペインは旭日昇天の勢を示し、日本など取るに足らない、との意気であった。
日本が戦国時代を迎えた当時…世界は大航海時代。冒険家として知られるコロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼランを代表とした白人たちは富と領土を求めて世界に進出した。
『新大陸の発見』と言えば、聞こえはいいが、実際には、自分たちが知らない他国に軍隊を送り込んで、殺戮と掠奪による侵略行為の他にならなかった。
実際にスペイン、ポルトガルの二カ国は、アステカ帝国やインカ帝国を滅し、アメリカ大陸、アフリカ大陸、オーストラリア、そしてアジアへと、もはや世界を飲み込む勢いで植民地を増やしていった。
そんな彼らの最後の矛先は、フィリピンと日本…しかし、この二カ国には共通する秘密があり、ついに白人たちはアジア侵略を諦めるに至ったのだ。その秘密は本書に次のように記されている。
日本を甘く見たスペイン人の末路...
ペナロサからフェリペ二世への報告によると、日本人はサント・ジュセブ号を十八隻の船をもって攻撃した。
しかるにこの時スペイン方では、船員を除けば船に乗っている兵士はわずか六十人に過ぎず、しかもその中には比島人も交じっていたのに、日本側は一千人にも達する兵力であったから、スペイン方はいかんともする事が出来なかったと言っている。
日本側の数は大分誇張されているように思われるが、とにかく非常に多くの日本人が来ていたに違いない。ペナロサはまたこの報告の中で、日本人は数が多いばかりでなく、「勇敢にして戦闘に巧みなる人種」であると、日本人の武勇に驚嘆している。
日本人と接触する事によって、日本人というものが決して征服し得る人種でない事を知り、日本までも一気に征服しようとする初めの意気込みはどこへやら、むしろ日本人にフィリピンを略取されぬように備えを固くすることになった。
白人たちがフィリピンにやってくるずっと前から、マニラには日本人がいた。スペイン人は、初めて日本人と対峙して、戦国武士たちの軍事力を思い知った。日本の征服どころか、奪ったフィリピンを乗っ取られるかもしれないと恐怖していた。
宗教で日本侵略を試みるが...
船長ランデチョが大阪滞在中、サン・フェリペ号の航海長フランシスコ・デ・サンダという者が増田にスペイン王の偉大なことについて話した。
増田はスペイン王がどうしてそんなに多くの国々を征服し得たかについて尋ねると、まず征服せんと欲する国に宗教伝道者を送り、国民がキリスト教に傾いた頃を見計らって今度は軍隊を送り、新しいキリスト教徒達に援助させるから容易なのだと答えたという。
増田はこれを聞いて、実に恐るべきことだと思って秀吉に報告した。
死刑の宣告はバプチスタほか六名のスペイン司祭及び十八名の日本人キリスト教徒に対して下され、大阪、伏見、堺の町を引き回された上、長崎に送られて、一五九七年、十字架上の露と消えた。
スペイン人は武力でねじ伏せれなくとも、キリスト教によって他国を侵略するという手を持ち合わせていた。しかし、それに気づいた秀吉がキリシタンを一掃して、スペイン人のアジア侵略の計画は暗礁に乗り上げた。
態度を一変したスペイン人...
太守は秀吉の態度をすこぶる傲慢なものとして怒ったけれども、フィリピンの防備が完成するまでは秀吉の御機嫌を取り、彼の喜びそうな返事をしておくがよいという結論にいたった。
当時それほどフィリピンは無防備ではなかったのであるが、秀吉の攻撃を防ぐ自信はなかった。
ダスマリナスの日本人防御計画の概要であるが、もし読者がその全文を読んだならば、いかに日本人が彼らに恐れられていたかに驚くであろう。
秀吉に対していかにして報復すべきかについては色々の意見が闘わされたが、とにかくサン・フェリペ号及び司祭処刑の件に関して、秀吉に抗議を申し込むために第三回の使節を送ることに決し、太守はその使節としてドン・ルイス・ナバレッツという者を選んだ。
秀吉に抗議を申し込みに行くとはいえ、その威力を大いに恐れていたスペイン人は、正面から堂々抗議を申し込むだけの勇気はなく、使節は秀吉への贈り物として、金銀作りの武器、刀、布類、象一頭及び象使いを用意した。
スペインはとにかく日本人を恐れていた。当初は日本の侵略は簡単と意気込んでいたが、最終的にはフィリピンの支配も広がらず、侵略予定だった日本に、金品を送り、ご機嫌をとっていた。
さらに、日本との貿易続行を念願として掲げるようになった。
アジアの平和は武士が作った?
これまで国内の事件ばかりが取り沙汰される戦国日本ですが、その時代の武士たちは、その武威を持って、白人列強のアジア侵略計画に終始を打ったのです。
これらの事実は、スペインのフィリピン領有以来のスペイン官憲、司祭、探検家、航海者等の本国への報告や記録によって実証されたものですが、、、
なぜ、著者:奈良静馬は1942年にこのような実証を集めてこの本を出版したのか、、、?
それは、大正十年、奈良静馬が米国に遊学中の頃、米国ではワシントン会議が開かれていました。そのワシントン会議ではアメリカは日本にフィリピン侵略の野望があると濡れ衣を着させて、日本の発展を徹頭徹尾、阻止しようとする日本いじめの会議でした。このことについて奈良静馬はこう記しています。
「アメリカ人は海洋民族たる日本人の古来からの活動を知らない。まして広遠雄大なる天皇の統治についてはなおさらのことで、彼らの大部分は、我が国民を狭小なる本土にのみ満足する仙人隠者か、さもなければ、他から不当なる圧迫を受けても何ら反発する気力のない国民と考えていたのである。
かかるアメリカ人の日本民族に対する無知と、自らの国力に対する過信とが、ついにかくのごとき威嚇、恫喝なる態度に出て、さらに、現在の日本に対すると同様、過去の日本民族の活動発展をも無視し、抹殺せんとするにいたらしめたのである。
されば、当時、現地にあった私は、この際、彼らの日本に対する間違った考えを痛感し、これがためにはアメリカ人自身の読み得る資料をもって、古来日本人の海上活動の功績と、日本人の実際の活動を知らしめる必要があると考えた。」
つまり、アメリカは日本のことを何も知らないから、日本を好き勝手に侵略国扱いして、下に見てきているということです。
そうして、反論として日本の功績をアメリカに知らしめるために出版された書籍が、『西班牙古文書を通じて見たる日本と比律賓』でした。
GHQにより抹消された記録
しかし、そのような経緯で出された本書はGHQに没収されました。
なぜなら敗戦した日本にやってきて占領政策をおこなったGHQにとって、白人による侵略の歴史、強くアジアを守っていた日本人の記憶は日本を弱体化させる上で不都合だったからです。
戦国日本の海外活動を記録したこの本をGHQが没収したのもそのためです….。これを焚書(ふんしょ)と呼びます。全部で七千数冊に及びます。これらは、GHQが知られたくなかったことのほんの一部にすぎません。
今は戦後75年です。
- 白人が戦国時代からアジア侵略を企てていたこと、
- 日本が戦国時代から軍事大国だったこと、
- 日本が世界情勢の掌握に長けていたこと、
- 日本が侵略の危機にあったのにもかかわらず、植民地にならなかった本当の理由、
- キリスト教追放や朝鮮出兵の真意、
今では、ほとんどの人が戦国時代のこのような事情を知りません。
このような書籍が流通していない今、奈良静馬がワシントン会議の時代に危惧していたことと同じように、また他国から言われない侵略扱いや不当な評価を受けるかもしれません、、、
それこそがアメリカ、GHQが意図していたことでした。
GHQが戦後の日本人に知られたくなかったことをあなたも知ってみませんか?
そこでぜひ多くの人に真実を知っていただきたいと思い、この『西班牙古文書を通じて見たる日本と比律賓』の復刻に取り掛かりました。
------------------------------焚書「海の2600年史」
10/14/2022
日米開戦の真実
歴史学者Robert Higgsが語る日米開戦の真実
ルーズベルト大統領とスティムソン国務大臣の謀略だったことが明らかにされた。日本に侵略の意図はなく、自尊自衛のためのやむを得ない戦争だった。国内産業を守るために、原材料となる資源を求めて南アジアに進出した。アジア各国を植民地にしていた欧米諸国と衝突せざるを得なかった。
〜子供たちは人種なんて関係なく仲良しなんだ!あなた達のような大人が差別を教育してるんだ!
あなた達は「ブラックパンサー」(共産主義者)の洗脳カリキュラムを作った。
6/22/2022
自存自衛の戦争
大東亜戦争開戦時に情報局発表。昭和16年12月8日11時45分大詔渙発 (たいしょうかんぱつ、天皇のお言葉)後の同日午後零時20分帝国政府声明文が発せられた。
帝国政府声明文(抜粋)
「今回帝国は東南アジア地域に武力侵攻せざるを得なくなったが、それは決して東南アジア住民に対して敵意を持つからではない。ただ、米英から東南アジア住民に加えられてきた暴政を排除し、東南アジアを白人によって植民地化される前の、明白なる本来あるべき姿へ戻し、共に協力して繁栄することを願うからである。大日本帝国は東南アジアの住民たちがこの戦争目的を了解し、東亜に新たなる政治経済の構築を目指し、共に行動することを疑わない。」
▶︎アジアを解放した大東亜戦争〜著者は自論に賛同しない言論人(石原慎太郎氏や櫻井よしこ氏)を一方的に非難している。こういう人を極右というのだろうか?極左と同じ論法で話す人のようで、その話を鵜呑みにはできない。「著者がいう"科学的歴史"は、著者の好き嫌いや偏見で決まる」と指摘する読者もいる。
▶︎大東亜戦争の開戦目的は植民地解放だった―帝国政府声明の発掘
数ある読者コメントの中で祀賢佑氏のコメントが公平かつ的確である。帝国政府声明文の「アジア解放」や「大東亜圏建設」は建前であり、本来の止むにやまれぬ戦争目的は「自存自衛」「石油確保」である。昭和天皇も謙虚にそう仰った。
欧米列強によるアジアの国々の植民地化は事実であり、大東亜戦争の結果としてアジアが開放されることになったのも事実である。「日本が解放した」というのは言い過ぎだが、インド、ビルマ、インドネシアなどの独立を手助けしたのは事実である。❌日本が全て悪かった、❌侵略したなどという自虐史観に囚われることはない。つぎの読者コメントも参考になる。
「昭和の末期、松下幸之助氏は『昭和20年は敗戦の年ではない。”終戦”の年である。敗戦とは、日本人の精神が崩壊してしまった今の時代を言うのだ。』と嘆いておられた。その理由が、この本を読んで初めて分かった。歴史学者や教育者は、戦後半世紀以上をかけて、わが祖国を「ロクでもない国だ」と教え込んできた。 政治の責任もある。自民党は、金と女と議員バッジには興味があるが、イデオロギー(闘争)には全く無関心の平和ボケだ。」
6/14/2022
6/12/2022
江戸時代
「日本国紀」の記載を非難した、歴史家だと自称する人物は、「江戸時代は北朝鮮と同じで暗黒の時代だった」と阿呆なことを言った〜と百田尚樹氏が言っている。名前を伏せたのが気になったので本当かどうか調べた。
「本当は恐ろしい江戸時代」と題する本があった。読者レビューを読むと低俗で嘘か多い、つまらないアホな本だという。確かに「江戸時代は北朝鮮に酷似している」と書かれている。著者は❌八幡和郎〜東大卒、通産官僚、徳島文理大学教授、歴史小説家。Wikipediaによれば「江戸暗黒史観」「自虐史観」の人物。国益に反する危険人物のようだ。
5/21/2022
縄文時代
縄文時代は1万7000年前から3000年前(BC1000)まで続き、稲作文化の弥生時代に移行した。これは沖縄から北海道まで日本列島各地で縄文土器を代表とする遺跡が1万ヶ所以上発見され、それらの発掘調査から明らかになった。
縄文人の人骨から採取したDNA分析から現代の日本人(沖縄から北海道のアイヌまで含む)の祖先が縄文人であることが証明されている。「アイヌ先住民」という話は嘘である。現代のアイヌは鎌倉時代に南下して北海道に移住した北方民族と日本人の混血である。
※中国朝鮮族は揚子江河口にいた倭人が迫害を逃れて揚子江上流の吉林省(延辺朝鮮族自治州)に住み着いた。現代の朝鮮半島人と異なり、縄文人のDNAを受け継いでいる。
三内丸山遺跡👁️🗨️
縄文時代前期~中期(約5,900~4,200年前)の大規模な集落跡。1992年発見、1994年保存決定。2003年5月、出土品1958点が重要文化財に指定。2021年7月、三内丸山遺跡を含む「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録。
▶特別史跡 三内丸山遺跡 https://youtu.be/JqtFUPrPojs
大森貝塚 https://youtu.be/S4QTZALyNeQ
1877年 モース博士(1838-1925)が発見
加曽利貝塚 https://youtu.be/60sd-SpjYn8
姥山貝塚 https://youtu.be/2e0ZYEEHcx8
縄文時代💐https://bit.ly/3CrBXRO 🎦https://youtu.be/TV8GnllwFT0
神武東征💐https://bit.ly/3dIjDJk 🎦https://youtu.be/-qwim83ScRY
核DNA解析による縄文人の起源-日本列島への人類の流入 https://mb1527.thick.jp/joumon.html
倭人と倭人文化の謎▶http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2008-10/28/content_159390.htm
河姆渡遺跡 最古の稲作文化 発見1973年 ▶縄文弥生遺跡 https://goo.gl/hzPJhl
倭人と呼ぶ本当の理由 https://youtu.be/9nZbdtusL58
遺伝子と染色体▶https://msdmnls.co/3yoxLko




