MENU

3/15/2021

三浦南部の歩き旅候補

 土日は外出せず、写真と地図の整理、次回の行き先検討などに時間を使った。三浦半島は行きたいと思ったところのほぼ7割くらいは行ったと思う。もっとも最初の頃は行きたいというより、昔行った思い出のある場所(逗子葉山の海岸線など)を歩いてみよう、鎌倉は歩き尽くしたし、人が少ない南方向の方が三密を避けられるといった気楽な気持ちからだった。それが毎日のように続くと生活習慣のようになった。逗子~葉山から横須賀市の東西海岸、そして半島南部へと足を延ばした。

歩き旅の候補地

数えてみたら、三浦海岸に初めて行った日(3/6)から今日でちょうど7日目である。三日前に最南端の城ヶ島まで行き、白秋碑や灯台を訪ね、部分的だが山道(ハイキングコース)も歩いた。この二日間、行きたいところはあるかな、どこを歩こうかな…と思いを巡らし、地図上に目印を付けた。

A-城ヶ島ハイキング
候補が4つでてきた。ひとつは歩いていない城ヶ島のハイキングコース。城ヶ島灯台近くまでバスで往き、南側を東へ向かう山道(だと期待する)を歩き、東端から北へ向かって白秋碑前バス停から三崎口へ戻るという約6kmのコースを計画した。距離は短いので半日のんびり過ごすつもりで出かけたい。

B-新井城址
二つ目は、三浦一族最後の地である油壷、新井城址を訪ねることだ。三崎口から歩く旅の初日に、あと5分、10分くらいで行ける白髭神社を前にして、小網代の森全面閉鎖の警告があり断念した小網代湾に行く。目前にして立ち入れなかった白髭神社にまず参拝し、三戸浜の南部丘陵から見下ろしたリビエラシーボニアなるものを確認する。その後尾根沿いに新井城址を目指すというコースだ。

C-劔崎砲台跡
三つめは劔崎へ海岸沿いに行くつもりだったのが、歩きだして数十メートルのところで、東部浄化センター関係者がいは立入禁止の看板に出くわして行くのを断念した、浅間神社、劔崎砲台跡、そして豆腐屋4代目が言っていた自殺の名所、遠津浜海岸から大浦海水浴場に至るコースだ。地図をよくよく見たら、小浜バス停からバス道を南へ数百メートル歩いたところから北東へ折り返し浅間神社へ至る回り道があった。

四つ目の候補ルートが、「D-大根街道縦断」と目印がある一帯を目指して西の三崎東岡バス停から東へ歩くコースだ。宮川公園、慈雲寺などを訪ねながら、東海岸近くで行けなかった福泉寺~福寿寺を訪ねるコースである。縦断ではなく三浦南部を横断するコースだが、何度も南北に迂回しないと道がなくなるような悩ましいコースでもある。しかも訪ねたい史跡、城址、神社仏閣などが少ない。ただただキャベツ畑が延々と続く丘陵地帯のようだ。道も農道だがほとんど舗装された車道である。あまり歩きたいと思わない道が続くようなので行くのを躊躇ってしまう。

今日(3/16)の予定

ここまで昨日計画し、大体のルートとウェイポイントの印をグーグルマップに記録した。今朝は6時に朝食をとり、グーグルマップを見てどこに行くか考え、いつもより早く7時半に家を出た。とりあえず三崎口まで行こう。三コースは三崎口から始まるからだ。

一つ目も二つ目も歩行距離が短く、半日コースなので欲張って二つとも歩こうかと思った。だとすれば先ずは二番目の新井城址コースを歩き、その後バスに乗って城ヶ島まで移動すればいいだろう。だが、結果的に二番目のコースだけで切り上げた。ほぼ訪ね終わって近くのバス停へ歩き始めたときはもう午後2時半になっていた。計画したときの歩行距離見込みは4キロ足らずだったが、実際に歩いてみると、2倍以上の8.2キロになっていた。

写真を撮ったり記録を付けたり、あっちを見てこっちをまた見て、山道を歩こうと入ったら行止りだったりと、実際に歩く距離は予定よりも長くなるものだが、今日は横堀海岸から磯歩きになったこともあり予想以上の距離と時間がかかった。9時半に歩き始めて、午後2時半頃に終わったから、約5時間をかけて歩き回ったということだ。予定の2倍以上を費やした。


城ヶ島へバスで移動して歩き始めるのは3時半くらいになる。日暮れまで2時間程度しかない。最低3時間は必要なので、今日は無理があると判断し止めることにした。ちょうどバス停に三崎口行きのバスがきたこともあって即断した。

新井城址地図:https://bit.ly/3s0FT6R 
歩行距離:8.2km
歩数(終日)24,161歩